足跡

好きになったら激重感情しか持てないオタクの自己開示の練習所と備忘録を兼ね備えた場所

雨のち夕日のち、雨

 

雨は好きじゃない。

濡れるし、傘は荷物になるし、洗濯物干せないし、髪の毛もまとまらないし。

だけど私の好きな歌とか物語って大抵雨が出てくる。

これは、その中でいちばん特別なやつの話。

 

 

まずは2013年の私のことから。

専門学校を卒業して当時の夢だったパティシエとしての1歩を踏み出したところだった。

菓子製造職の1年目なんてどこに行っても厳しいもんだと思うけど、どうやら私はそれを差し引いてもハズレを引いてしまったらしかった。

休みは週1、辞めるまでの8ヶ月、朝の8時に始業して、日付を跨ぐ前に帰れた日の方が少なかったと思う。

始業してからノンストップで働いて、やっと休憩を取れたのは18時頃なんていうことも珍しくないくらいにはあった。

報連相のできないオーナー、残業代なんてつかない(いちばん労働時間多かった月の時給計算したら430円くらいだったのを覚えてる)、予告なしに支払いの遅れる給料、巻き込まれる人間関係のゴタゴタ。他にもここには書ききれないくらい、いろいろあった。

正当な手順を踏まずに飛んだ人も、見かねた親に実家に連れ帰られた人もいたけど、まあそうなるよねって感じだった。

私も実際に行動に移すことはなかったものの、休憩時間にコンビニにご飯を買いに行って「このまま職場に戻らなかったらどうなるんだろう……」なんてよく考えていた。

食生活にもまったく気を使ってなかったのに気づけば10キロ近く痩せていて、退職後にしばらく休息を経て、転職活動の際に袖を通したスーツはブカブカでびっくりした。

 

自ら飛び込んでしまったのがそんな環境で、自由な時間とバイト代を気ままに使っていた学生時代とのギャップが激しすぎて私の心はどんどん疲弊していった。

大好きなアニメやお笑いのライブを見たいという気持ちはあっても、心に余裕がまったくなかった。

 

学生時代の私は当時の渋谷ホールのレギュラーライブに出ていた芸人たちに夢中で、配信は見れる限り見ていたし、その中の有名どころが大阪の劇場に来るとなれば足を運んでいた。

そこから縁あっていちばん好きになったのがクレオパトラだった。

クレオパトラはあんまり大阪に来る機会には恵まれてなくて、専門学生時代1年生の後半くらいからは新幹線やら夜行バスに乗って私の方から東京に足を運ぶようになっていた。

 

その時のクレオパトラは順番に過去の単独公演のリメイク再演をやっている最中で、20136月に開催される「色彩オーケストラ」を私はどうしても見たかった。

 

元々は2010年の夏の単独公演で、2011年の冬には神保町花月でのお芝居にもなっていた。

私は単独の方の色彩オーケストラのレポブログを読んだのもクレオパトラに興味を持ったきっかけのひとつで、神保町花月の色彩オーケストラも思い出深い公演だったのでどうにか行きたかった。

それを心の支えに日々を必死で過ごしていた。

日曜日に休みをとることを渋られつつも61週目の日曜日、それまでの感覚からしたら久しぶりの東京に足を運んだ。

 

公演の内容は言わずもがな、最高だった。

ある日、真っ白になってしまった世界が色彩を取り戻す物語。

すべてが終わったあと、サプライズで告知動画が流れた。

2013106 ルミネtheよしもとにて単独公演決定』

会場内は拍手と歓声に包まれていた。

よしもとの芸人にとっては、ルミネで単独をやることは大きな目標、ステータスのひとつだった。たぶん、今も。

それが叶うのを目のあたりにできる。

その日1日はなにもかもを忘れられるくらいうれしかった。

明日からはまた仕事で、休みをズラしてもらったせいで確か8連勤くらいするハメになってたけど、そんなもんだってこのうれしさのおかげでへっちゃらだと思っていた。

夜行バスで関西に戻って仕事に向かう。

イヤホンからはシャッフル再生でTHE BACK HORNの夢の花(色オケのEDに使われてた)サカナクションアルクアラウンド(初めて観に行った単独公演のOPに使われてた)が流れてきて最高だと思った。

 

だけど、現実に戻った私の心と身体は着実に更にすり減っていった。

家と職場を往復するだけの日々、数少ない休みは布団の中で過ごすしかできない。

着ていく場所もない服をネット買っては虚しい気持ちに見舞われたりした。

当時はなんのために生きてるのか本当に分からなくなっていた。

しにたいとはたぶん思ってなかったけど、なんのモチベーションも楽しみもなくただ仕事がしんどい毎日が過ぎていくのが本当に辛かった。

人生でいちばん暗い気持ちで過ごしていた期間だと思う。

好きで選んだ仕事のはずだったんだけど。

 

私がTwitterに吐き出す弱音や愚痴とは裏腹に

、ルミネ単独に向けて準備を進めるクレオパトラとそれを楽しみにする人たち。

私の思考はどんどん悪循環をおこしていって、どうせ私はルミネ単独には行けない、クレオパトラのツイート見るのは辛いからもうフォローを外そうか、このままクレオパトラへの好きはなくなるんだろうかと考えたりした。

そんなわけでTwitterを開いてもほぼTLは見なくなっていたのだけど、ある時ひとつのアカウントが目に入った。

 

クレパトnet

 

ルミネ単独までの期間限定でそれまで他のライブだったりの情報を発信するという、いちファンの方によるアカウントだった。

最初の方はめちゃくちゃ腹が立っていた。

私はこんなに辛いのに、クレオパトラの単独に行けないかもしれないのに、浮かれてる人たちの存在が気に触ってしまった。

完全に八つ当たりである。

だけど、ある時なんとなくクレパトnetさんが作ったツイートのまとめを見た。

6月に見に行った色彩オーケストラの感想たち。

楽しかった、おもしろかった記憶。

ルミネ単独がうれしくて楽しみな気持ち。

クレオパトラの単独が楽しみ、クレオパトラに満員のルミネを見せたい、そんな思いに私は少しずつ当てられていった。

やっぱりクレオパトラが好きだ、私も単独に行きたい。

ギリギリ諦めずにいられたのは当時はフォロワーでもなんでもなかった他のクレオパトラを好きな人たちの声のおかげだった。

 

私は上司と交渉の末、106日はお昼の12時まで仕事をして、翌日7日はお昼の12時に出勤するというむちゃくちゃだけどどうにか単独とその後のオールナイト打ち上げライブにも行けるスケジュールをこじ開けた。

学生時代もまあまあむちゃくちゃなスケジュールで動くことは多々あったけど、今思えばいちばん頭おかしい時間の開け方の遠征だったと思う。

 

そして単独公演当日、私は初めてルミネの客席に足を踏み入れた。

チケットの半券と引き換えにランダムで4枚のトランプを渡される。

公演中に使う場面があるらしい。

 

内容について、当時は口外禁止のお触れが出てたけど、10年経つしもう時効じゃないですかね。

そうじゃないなら、このブログが長谷川さんに見つからないことを祈りましょう。

 

予告のコピーにあった通り『雨の降り止まない世界』を舞台にコントが繰り広げられる。

クレオパトラの記念すべきルミネ単独公演『メルヘンパラソル夕日論』はずーっと雨が降り続ける世界で夕日を見るために研究を続ける科学者のジジイと、なんだかんだそんなジジイのことが好きなババアの愛の物語だ。

終盤、ババアに夕日を見せるという願いを叶えたジジイは死んでしまうのだが、ゲストのマジシャン大地さん扮する死神に生き返りのチャンスをもらう。

その条件は奇跡を起こすこと、客席を巻き込んだ手品の成功だ。

 

客席の明かりが点いて入場時に配られたトランプを取り出すよう指示が出る。

4枚のトランプは半分に破って8枚に。

その後も指示は続き、入れ替えて混ぜて、そのうち1枚はポケットに。

更に入れ替えて混ぜて何枚か投げ捨てたりもして、最終的に手元とポケット、半分のトランプが1枚ずつ残った。

 

「今みなさんが手に持っているトランプとポケットに入っているトランプ、ここにいる全員の分がぴったり一致すれば、それは奇跡だと思いませんか?」

 

「僕が合図したらポケットに入れたトランプを出して見てください。もし、そのトランプがみなさんの手元のトランプの片割れなら思いっきり上に投げてください。それでは……せーのっ!」

 

次の瞬間、大歓声と共に客席にトランプと拍手の雨が降り注いだ。

手品は大成功、奇跡は起こったのだ。

ルミネの客席に舞うトランプを見ながら、私は泣いていた。

10年経った今でも変わっていない、あの光景が私の今までの人生でなによりも美しい景色だった。

 

そして、きっちり笑いを含んだオチで物語は終わりを告げ、エンドロールが流れる。

amazarashiの千年幸福論。

その間も降り止まない雨の様に拍手が途切れることはなかった。

私も必死に手を叩きながら、ずっと涙が止まらなかった。

当時の私は、仕事がしんどい以外の理由で泣くことなんてほぼなくなっていた。

こんなに幸福で、温かい気持ちで、感情で、流せる涙があるんだと思った。

自分が今置かれている環境のせいでこういう瞬間を見逃すことになるなら、抜け出したい。

しばらくの間、真っ暗な場所に沈んでいた心に光が差し込んだ感覚がした。

 

 

その後、多少の躊躇いや葛藤はあったけど、私はオーナーに退職したい旨を告げることができた。

これを機に製造職からは離れてしまい、小さい頃からの夢だった道を絶つ結果になってしまったのは私の気持ちに影を落とすこともあったけど、10年経った今ではどうにかちゃんと折り合いもつけられている。

 

あの日浴びた、世界一美しいトランプと拍手の雨は今でも私の心の奥底に降り続いている。

雨は好きじゃない。

なるべく晴れててほしい。

だけどこの雨だけは、どうかずーっと降っててね。